ズボラ生活100%

脱力系アラサーオタクが二児の母始めました

子育て一年生の感想

「人間を産み育てる」というのは、人生が540度くらい変わるほどの変化をもたらしてくれるのだなあ、と実感したので書き留めてみます。

 

子育てというより親育て

そもそも「親」なるものに自分がなる、ということにひたすら心の準備ができませんでした。たぶん、みんなそういうもんなのだと思うけど。

モラトリアム期間が過ぎていざ親になってみると、「子育てをする」というよりもまず「自分が親になる」ことに必死すぎて、厚かましくも親見習いが子育てをさせていただいている気持ちになりました。

 

ようやく一年経ったけど、一年前の自分はまだ人の子の親ではなかったことを考えると不思議すぎるし、正直親二年生になった自覚もあまりないしで、漠然とした自分に対しての不安しかない。

(傍目に子どもの方は健やかに育っており、ありがたさの塊)

 

夫婦間の意識の違いはある

夫はそこまで人生が変わってはいないとのことなので、日々の生活のなかに一人増えたくらいの変化なのかもしれないです。

実際のところ起床時間や出社時間が早くなったくらいかもしれない。

私はというと、仕事面ではフルタイム→時短勤務に変更したりもあるけど、そもそも生活リズムがゴロッと変わりました。

f:id:mktx:20180711182208j:image

一日のタイムスケジュールは大体こんな感じ。

5分休憩もない肉体労働、かつ言葉がほぼ通じない人との一対一。

ちなみに20時半以降はだいたい気絶してます。

人間なので、子どもおよび家族の気分や体調などにより大いに変更やズレも生じるため、常に柔軟で臨機応変な対応力が求められる現場です。

 

スマホなど、片手でできること以外は難しい

仕事中が一番プライベートを感じるかもしれないくらい、「自分の時間」は作らないとないのだなと最近気が付きました。

夫は、一般的なご家庭の平均よりも恐らく「協力的」な部類に入るのですが、週1回ほどお迎えを代わってもらったりして「自分の時間」をもらっています。

(とはいえ、大体繁忙期の仕事の延長対応や、美容室などの用事があることが9割)

 

ということで、我が家ではたかが5分でも「自分の時間」がとれるのは、ほぼレアケースと思ってもいいかもしれない。

(あくまでも我が家の例なので、もちろんやろうと思えば時間は捻出できるとは思う)

 

人間ひとり育てながら、何かに取り組んでいる人は本当にすごい

人間を育てるのは介護に近いと勝手に思っているけど、並行してなにか精力的に活動されている方は本当にすごいなあと思う。少なくとも精神と体力を削らないと私には難しい。すごい。ふつうに尊敬します。

 

何されてもいいのかもしれない

不思議なことに、朝5時に顔をベチベチ叩かれたり胸に顔をグリグリされたりお腹の上をゴロゴロ転がられて強制的に起こされたりしても、

これら全部に対して「嫌だなあ」「面倒くさいなあ」などという感情が湧かないことがすごい。(今のところは)

 

無限にかわいいと幸せをふりまく存在

疲れて寝転んだベッドの先に、布団をはだけさせて寝ている小さい人がいたら、

「あ、スリーパー(ちゃんちゃんこみたいなもの)を着させなきゃ風邪ひいてしまう」

と思って飛び起きてリビングまで探しに行き、熟睡中の人を転がしながら着させる、なぞの使命感。

(今までの自分なら、一度ベッドに寝転んでしまったら起きるのだるいし、大抵のことはまあ一旦寝て起きて明日やればいっかで済ませていそう)

 

または、すーすー寝息をたてて眠っている小さい人のすこやかな寝顔に寄り添って見ていると、ジワジワなんともいえない気持ちが込み上げてきて、ひたすらにニヤニヤしながら頭を撫で回していたりとか。

本当にただの親バカになってきたのでそろそろやめますね…

 

とりあえず元気にやってます

徒然なるままに感想を書き連ねてみました。

なんだかんだ一年過ごしてきましたが、子どもの成長はめざましく、このまままた年を重ねていきつつも毎年違ったたのしみがあるのだろうなと思うと、ワクワクしかありません。

 

これからもがんばっていく所存です。

 

おわり